僕を考える

心の言語化の場所としてブログを書いています。

母について③ 家族の皮を被る

昨日は、結婚記念日だった。3回目?かな。僕は言われるまで気が付かないで家でブログを書いていただけど、お出かけから帰ってきた妻が「今日は外食でもしようか、一応記念日だから・・・。」と。

地元感マックスの(異世界感ともいえる)中華料理屋さんで、定食やら餃子を食べた。そのお店は、その場所だけ通貨レートが変化しているんじゃないかって思うくらいに、異常なコストパフォーマンスを誇る。故に客層が悪い。

肉体労働をした帰りであろう、ひげを生やして、頭にタオルを巻いている男性が来て、ビールを頼んだ。着ているジャンパーはすすけている。座るとすぐにわかばに火をつけて、吸う。

サービスで運ばれてきた惣菜を、箸でガッとつかんでポイって口に入れる。良い感じにやさぐれているし、ちゃんとオラオラ出来ている。全身でアピール。

どうでもいいけど、この人帰る時どうするんだろう、って思った。いや、車で来ているよね。奥さんらしき人もビール飲んじゃっているけど、どうするんだろう。

この店で代行を頼んでいる人は見たことがない。

 

お店で注文して料理を待っている時に、父から電話が来た。既に酔っている様子で、元気か~、今日は何食べた~って聞く。元気だよ、今日は外食だよって答える。そしたらおやじは今日はビフストロガノフと刺身とクレソンのサラダだったよ~とかって自分の食べたものを話す。人が何食べたか気になるのは、僕も同じ。

仕事は順調か~って毎回聞いてくれる。本当は順調じゃないし何なら、仕事していないし、お金ないし。って言いたい。けど言わない。

父は心が弱い。結婚して離婚して、養育費を払って、それなのにもっと金くれ~って息子や別れた妻からずっと言われ続けて、震災があって被災して、枯れた。

体格も細くなったし、あれこれ押し付けがましく言うことがなくなった。

だから、たまに電話をするときと会った時には、僕は結婚をして普通に働いて長野にいるっていう普通の息子像をプレゼントしてあげていると思っている。

本当は価値観とかなんとか色々話したいけど、東北人特有の恥ずかしがり屋で、真面目な話はできない様子。だから今は話せない。

次電話が来た時には、もう少し匂わせてみたいと思っている。

 

昨日のブログでは、僕の父と母がどんな状況で僕を産んだのか書いた。

そこら中に転がっている、子供と子供が子供を作って別れたという、よくある話。

このブログでは何回も書いているように、半生を振り返り、それについてどう感じたのかを書く。そうすることで、もやもやした過去がどういったものだったのか、名前をつけたり区別をつけたりすることが僕の中での目標。いわゆる整理するってやつだ。

 

小学校から札幌にきて、新しい生活が始まった。

僕らは変わった子供だったというか、親が変わっていたと思う。LLBeanのリュックを背負って、長い髪の毛で、個性豊かといえばいいのか、弱いがゆえの派手さだったのかはわかんない。

 

母子家庭だから、家に大人がいない。だから子供だけの社会が狭い団地の中にあって、僕は負け続けていたと思う。

学力もゲームも、僕に比べて兄2人は優秀で敵わない。だけど、母は僕も優秀なはずって僕が平凡な成績なことに目を背けていたのか、それはそれで良いと思っていたのかわからないけど、頭が悪いことは悪である、みたいな風潮が家を支配していた。

今思えばだけど、犬が弱る時によく吠えるとか、熊が子供を守るために人を襲うのとかと一緒で、余裕が無いからこそ同じクラスの人を家で馬鹿にしたり、誰々はこういうのが良くないって貶めたりしていた。ある意味で、悪口が家族を繋ぐものになっていたと思う。

 

母も、その悪口を止めないし、なんならそれに乗っかる。僕はその悪口大会の理論でいう頭が悪い=だめ、の図式に当てはまるから、侮蔑の対象。けど皆で気付かないふり。僕も気づいていたけど気付かないふり。

何か、僕が自分のことに気が付けないのってこういうことから始まっているような気がする。

自分に意識を向けない方がうまくいく、と言ったらいいんだろうか。家族で色々と喋っているなかで、その主人公になっているのは兄2人。だから「あいつは馬鹿だから~」って言える。でも僕はその馬鹿している相手と同じような感じ。

だから、兄2人に意識を預けることで、僕の尊厳を保っていたんだと思う。僕の家は仲が良かった。友達と遊ぶとか、部活をやるってことはほぼ無くて家にいることが多かった。だから、色々と今日あったことを話す。母子家庭あるあるだと思うけど、金銭的余裕も精神的余裕もないから、家の中で固まって外界をシャットアウトするみたいな様相。

別に今となって悪いことだ!っていうつもりもないけれど、僕の空虚感は母子家庭故の母不在と、外界からのシャットアウト、そして兄2人への意識を預けることで自分を守ったということにあると思う。

 

その意識を預けるというのは、恐ろしいもので24歳くらいまで続いたと思う。自分の口が誰かを悪く言っている。けどその中身は自分じゃなくて兄2人を借りたもの。

 

僕って何者って、考えることもしなかった。だって、僕よりも優秀だって思える人がすぐ近くに具現化しているから、それが僕。八島家の兄2人の皮を被っているのが僕。そういう幼少期だったと思う。