僕を考える

心の言語化の場所としてブログを書いています。

僕が泣いた理由

昨日の僕は、悲しくて辛くて泣いた。もう泣かないって決めていたけれど、お風呂あがりにどうしようもなくなって裸で泣いた。

30歳の男が、ちんちん出しっぱなしで泣いた。

妻が来てくれて、背中をさすってくれた。僕は泣き声で妻に構ってもらおうとしただけなのかもしれない。

 

自分が駄目すぎて、なんでこんなに苦しいんだろうって思っていた。

こんなに苦しまなきゃいけないの、みんなこんな泣くような悲しみを抱いて生きているの?

 

僕は基本的に楽天的な性格だと思っている。愛想も悪くないと思うし、誰かと会ったら明るく話したいって思ってる。

楽天的だけど、人生には目標がある。結構たくさんある。

 

僕のようにジャンル分けできないけど「若い、繊細、辛い、甘えちゃう、自分がない」みたいな人に対して働きかける仕事をしたい。

それが僕の目標。

 

こんなに苦しんでいるから、きっとできることがあるって思っている。

 

「若い人は、歳をとった人と同じ苦しみで苦しんではいけない、なぜなら新しい時代を生きているんだから。」

 

 

これは母が言っていたことなんだけど、同じ苦しみを年上の人が味わっているなら、その対処法を残し伝えていくべきだと思う。若い人たちは、きっと時代が変わったことで、新しい苦しみやらなんやらを学んで生きるから、同じ轍を踏ませない、僕はそういうスタンス。

 

書いていて気づいたんだけど、僕、母と同じような苦しみを今まさに感じていると思う。

 

まさに机上の空論。なんで繰り返してしまうんだろう。きっと母も自分で仕事をしたくて、でもできなくて、アルバイトみたいなことをして、今は兄と自営業をしている。

 

全く同じ苦しみ。

 

僕も早く自分で仕事をして、これが自分の仕事!って感じたい。

早く、早く辿りつきたいと思うし、早く今の苦しい状況から抜け出したい。なんで同じことで苦しんでしまうんだろう。

 

母と僕はさっき言ったように、若い人は同じ苦しみ味わっちゃいけない理論を提唱している唯一の2人。唯一の2人が同じような苦しみを味わっているってなんで?

 

単に僕が苦しんでいることを、同一視しているだけなんだろうか。

カルマ的なものがあって、それを母は(多分)気づかないふりして兄と自営業をしていて、そのカルマが増幅されて僕を襲っているんだろうか。ハンターハンターの死後の念は強くなるみたいな感じで。母は生きているけど。

 

母はスピリチュアルな世界が好き。きっとそのジャンルも、苦しみを無くそうよってことと近いはず。だから僕が考えていることは、母から伝承されたこと?

 

良い感じに思考が発酵してきている。僕の脳は今酸っぱくなっていると思う。

 

なんで昨日泣いたかというと、ユニクロに応募した話が発端。

ユニクロからなかなか電話が来なくて、もう断られたのかなと思ったいた。だから違う方法を考えて、やっぱり自分のやりたいことをやるべきと思って、じゃあユニクロから電話来ないほうがいいじゃん!って考えていた。

だけど、電話出られなかったけどきちゃった。妻にやっぱり自分のしたくないことはできないし、したくない。だから申し訳ないけど今回はパスさせてくれと話した。そしたら彼女は、私も好きなことしかできないし、してこなかった。だからいいんじゃない。と。

そのあと憮然とし始めて、自信がない僕はつい聞いちゃう。なんでそんな感じなのって。

そしたら私の母も私が独立するとき同じように苦しんだんだなーって。やっぱり経済的な面とか、考えちゃう。

耐えきれなかった。僕の必死の選択を見守ってくれなかったんだって。

兄は自営業を始めるとき母の知り合いのツテを頼って、始めて、今も共同でやっている。妻も、始める時には実家で食わせてもらって、部屋を使って始めた。

 

なんで僕だけ、トライしたいって頼んでも駄目なの。日頃の行いが悪いの。

そんな風に考えたら涙が止まらなくなった。自分が不憫で、憐れでどうしようもなくなった。

僕は好きことで生きていけないのかもしれないって思っている。

僕にとって生きることは、我慢しないで好きなことをすること。だからサラリーマンはできないし、嫌いな人とも働けない。

裏返せば、多くの人が我慢できることが僕には我慢ならない。

できないし、しちゃいけないって思っている。人はその個性を発揮するために生まれていると思うし、毎日好きなことをして、笑って暮らさなければいけないと思う。

僕が生きるというのは、こんな理想があって、理想は叶うのは当たり前だと思っている。だから辛いのかな、現実とのギャップが生じて。

でもこの理想みたいなものを捨てたら僕じゃないと思う。だから捨てない。捨てるくらいなら、って思う。

何にせよ「生きる」ハードルが僕には高い。