僕を考える

心の言語化の場所としてブログを書いています。

確かめて大きくなろう

寒い。冬はまだ忍んでいていいはずなのに、足音をどたどたさせて近づいてきている。このまま冬になったとしたら長野県はロシアの仲間入りだろう。そんなはずは無いから、もう1回か2回は暑くなる。

今日は清濁併せ飲むってを考えてみた。大人の条件のひとつだろうし、恐らくイケてるおじさんの重要な要素。人を貴賤で判断する世の中なんだけど、外側の美しさはどうであっても、それが自分に響くかどうかで判断をする生き方。そんなことを書く。

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このかぼちゃだって、見た目はグロテスクだけどもしかすると中身は絶品かもしれない。その逆だってある。

 

1.はしがき

朝から野球をしてきた。千曲川沿いにある小さな野球グラウンド。入り組んだ場所にあり迷ったので、柴犬を散歩させているおばあさんに聞いたら「土手のところ」と教えてくれた。雨ならスタックしそうな道をバイクを斜めにして入ったら、キリスト教徒のバッチをした白い肌に黄金色の髪の毛をした彼が手を振っていた。

2週間前、夜道を歩いていたら自転車に乗った2人に声を掛けられた。「神を信じますか」。スーツを着ていた白人の男性は18歳らしい。学校を休んで宣教師をやっているのだと。ラインを教えて欲しいと彼は言う。いつもなら断るのだけど、頭の中で清濁併せ呑むという言葉が浮かんだ。充電の持たない携帯電話を出して交換する。それからあれやこれやとやり取りをして野球場まで来ていた。

 

2.起きたことから判断する他ない

サッカー選手の内田篤人は自分の目で見たものしか信じないというタイプらしい。ベビーフェイスなのに内面は男らしいってモテるよね。実際のところ、世の中に出回る情報は数がありすぎて「目で見たものしか信じない」とはならないと思うけど、魅力的に感じる。きっと芯が強いとか、自分を持っていると呼ばれる類のもの。

色々な属性や縛りがある世の中だと思う。男だから、女だから。スクールオブロックの校長は真面目そうだからヘイトされていると訴えていたように、その人を形作るものから人は自由になれない。真面目だと一度思われたらくねくねダンスを踊れば嘲笑の的になって色恋沙汰とは縁遠くなる。そんな決め打ちの印象みたいなものから人は中々自由になれない。ほとんどの人がそういう思考回路で動いているし、僕だってそのうちの一人。そうなんだけど、結局その人と会った瞬間に自分がどう思うか。その人が何を話すか、何をするか。「起きたこと」を自分の目で見るしかない。と思っている。

噂話って楽しい。いない人のことを好き放題言っても誰にもやり返されない。吐き出す相手がターゲットを知っていたら殊の外快感が伴う。楽しいんだけど、実際は「その時」「その場所で」「その人の目で見て」を「その人の言葉で変換して」。自分の前に噂として生産されるまでに数多くの工程を踏む。高級なブルーマウンテンを南米から運んできて国内で粉末にして更に加工してインスタントコーヒーにして、それを薄暗くて汚い喫茶店の老婆がテーブルの上にドンと置いたら、それはブルーマウンテンと名前の付いた他のものだと思う。奇跡に奇跡が重なってブルーマウンテンらしさが保たれているかもしれないけれど、それすらも確かめる術が無い。何が言いたいかって、見ていないものはもう別のものだよね、ということ。今の話で言うと、噂話はどうやったってネタになっている当人の原型を留めない。

 

3.確かめるしかない

前節では他人の話は他人の話であって自分の目で見た訳じゃないよね、と書いた。

はしがきで書いた「清濁併せのむ」は、自分で確かめるとも似通っていると思う。真っ暗の中で「神は~」と声を掛けてくる外国人は一般論で考えると無視すべき。僕のアパートの人は殆どが居留守を使って避けていた。だけど自分の中にある「外国人怖い」価値観って誰が作ったんだろうって疑問。それを自分で確かめるしかない。怖いかもしれないし、優しいかもしれない。命まで取られることは恐らく無い。身長体重は相手が上。僕の方が俊敏そうさはある。不意打ちじゃない限りなんとかなる。

これは僕だけなのかもしれないけど、世の中にある「所謂当たり前」を自分で確かめたい欲望がある。ヒロイズムだろうし自分が世界の中心おじさん。「確かめる」が良い生き方なのか、「ヒロイズムゆえの確かめざるを得ない」をどうにかして肯定的に捉えようとしているのか、ここでは判断が付かないので捨て置くことにする。

その「確かめる」がもたらす作用が、器の大きさや許容量と言われるものを大きくすると思う。色んな人がいるし、色んな団体がある。ETじゃないから自転車では月に行けないように、いきなり全てを知ろうとしても永遠に知り得ることはできない。だから、まず見えているところから。誘ってくれたものから。知ること、確かめることをする。そうすると何か自分が大きく強くなったような気になる。妄想なんだけど、自信のほとんどは妄想からできている。妄想を強化するのが自信かもしれない。

何でも良くはないけど、手近なところから、優しそうな人がいそうなところから始めるのが器を広げる一歩かもしれない。