僕を考える

八島遼三郎です。心の言語化の場所としてブログを書いています。

分からない分からない

空気感ってあると思っている。その場の空気感。そこにある物や人の表情、窒素や二酸化炭素の割合、掃除されているかどうかなどを全部をひっくるめていい感じなのか悪い感じなのか判断する言葉。何となく良い、というよりも沢山の情報を処理して答えだけが頭に浮かんでくるような使われ方をするのが空気感。面白いのが、その場所を構成している全ての見え得るものが作っているはずなのに、お香を焚いて誤魔化したりする。人はすごくいい加減。水が不味いからってクエン酸を足して美味しくはならない。

ただ、空気と同様に「見えない」「分からない」ことってある。当たり前に見ているアダルトビデオも盲目の人は見たことが無い。ミョウガの美味しさが分からない人は今のところ分からない。僕は隣の家の人がいつ寝たのかが分からない。確かめるには犯罪をするしかない。そんな「見えない」や「分からない」について考えてみる。

実は「分からない」って普遍的。この世で一番多くの人が知らずに始動させている概念はもしかすると「分からない」かもしれない。

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1.はしがき

小説「名も無き毒」を読んでいる。宮部みゆきさんの小説はいつも面白い。普通っぽい人が普通に事件を解決してしまう。関わることも、解決することもそれが自然かのように。まさか僕だって望んでした結婚が、まさか地獄の底を舐めるようなことになるとは思っていなかった。未来は分からない。恐らく溶岩の形をしているであろう「底」を舐めている間にも、世界は同様にのっぺり存在していて、そこに置かれた僕はカレーに入れる細い人参の値段で悩んでいる。更に明日の食事はどうしようか、惣菜は買うべきか、明後日は何をしているんだって思考して脳内が蕩けそうになって、いかんいかん。そっちに引き込まれるな。と顔をぶんぶんする。分からないことは分からない。見えないものは見えない。それがルールなんだよと思いだした。

 

 2.分からないことは分からない

夏が終わりそうで風が乾燥している。僕の皮膚は乾燥に敏感。すぐエマージンシーを発信してご主人の僕を困らせる。顔も背中も張り付いた感覚。秋の色は茶色だと思う。栗や紅葉がそうイメージさせているんだろうけど、秋の空は僕の目に茶色に映る。それをどう説明したってパチンコ屋の交通整理をしているおじさんには伝わらない。そう、分からないし分かれない。

分からないことは、殆ど見えていないと同義で、その存在を把握することすら難しい。存在を把握することが出来たとしたら、それは「分かっている」に限りなく近い。

僕はフットサルについて世界の上位5%に入る程詳しいはず。詳しい人の中で詳しいのでなく知らない人が殆ど。フットサル独特のルール「第2PK」を聞いたことが無い人が90%以上だろうし、あとの5%は知っていたとしても聞いたことがある程度。

「知らないことを知っている」ことを確かめることはできるだろうか。「第2PK」を知らないことを知っている?という質問は、世の中で楽しまれている会話の体裁をなさない。合コンだったら女子が外へ目配せをし始めちゃう。鎖国中の日本国民は台湾を近い国だと知らなかったと思う。グアテマラを遠い国だということも知らなかったと思う。知らないという類別では同じで、近かろうと遠かろうとその人にとっては変わりが無い。宇宙を漂うスペースデブリに刻まれている悪戯書きも、日本に一番近い台湾の首都の名前もいっしょくた。

 

3.当たり前

人は自分の出来ることを知ることを大人になると言うと思う。その逆、自分は何でもできるが子供。どちらが良いでは無い。

高級なお寿司屋さんではサーモンは食べられない。だから出入りするおじさん達は出されない限りは頼まない。トリトンのサーモンがいくら美味しかろうと、回らないお寿司屋さんでは出てこない。食べたいよねサーモン。父親は「無いですよね」と丁寧に聞いて、「無いです」と 膠も無く突っぱねられていた。よくよく考えるとむしゃくしゃする。回転寿司のCMで「トラウトサーモン!!」としきりに宣伝しているのに、いざ寿司屋に行くと当たり前のように断られる。しきたりや慣例。知っていて当たり前。

犯罪は駄目、まぁそう。マナー違反は駄目。うん。でもローカルルールやその場所でしか通じないやつはその場所で当たり前かもしれないけど、その場所にいない人からすると分かることができない。

 

4.分からないこと自体を分かろう

「分からない」について延々書いてきた。例えは幾らだしても尽きない。昨日会ったパーマの彼が何であんなに眉毛を細くしているのか分からないし、太ったあいつが何で腕にテーピングをするのかも分からない。考えても考えても予想しか出来ない。答えは其の人の胸の中にある。もしその「分からない」が赤と青のボタンどちらかを押すと爆発するっていうルパンのシーンだったら、「なんで眉毛細いの」って迷わず聞いた方が良い。明らかに分からないから、分からないって聞いた方が命が助かる。もし、どうでもいいなら聞かない。わかんなーい。僕ならしなーい。って捨て置く。その基準は自分にとって幸せになるか。命がかかっていたらそりゃ聞くべき。聞かないと仕事がすすまないのなら聞くべき。だって分からないは、無数にあって分かっていることよりも明らかに分からない(であろう)ことの方が世の中に多い。その構造を分かると、「分からない」ことに自信が持てる。ほとんどのことを分からないから!絶対!!ほんとに何も分からないし、知らないから!!安心して!!分からないことを分かったり、知らないことを知ったらめっちゃ楽。分からないし知らないよ、何にも。